2015年1月20日火曜日

「忍耐」と「精進」 心/高田好胤

 つとめても なおつとめてもつとめても つとめたらぬはつとめなりけり-という歌があります。人間というものは自分のやっていることは過大に評価しますが、他人については過小評価しがちなものです。俺はこんなに仕事やっているのに部長は認めてくれない。自分と一緒に入社したあいつは仕事はろくにできないくせにゴマスリがうまいから係長になりやがった。本来の実力的にそう差がなかったとしても、そういう不満を持つことでさができることになり、結局損するのは本人ということになります。
(中略)
 車でもいまではアスファルトの道になっている。たとえば、私一人の力でその道をつくるとしたら、生涯の時間をかけても、十メートルはおろか一メートルの道もつくれるでしょうか。自分の力の限界を知り、他人の努力に感謝する心がさらに努力しようという気持を自分の中に育んでくれるのです。
 自分が懸命に努力しているつもりでも、世間から、社会からもらっているものに比べたら微々たるものです。つとめたらぬはつとめなりけり、ということです。


・出典
心/高田好胤、第 Ⅱ 章 「般若心経」の心 波羅蜜、p125,p126

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自分一人の力は大したことがない。このことを知るのにどれ程時間がかかったか。衣食住のどれをとっても一人では賄えない。無人島に一人で暮らすことでしか、人の助けを得ずに生活することはできない。生きているということは見えないところでたくさんの人に関わっているということですね。

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