客引きの女中に袖をひかれるまま、竜馬は鳴門屋という船宿の軒をくぐった。
(中略)
竜馬は二階へ案内された。
「ずいぶん、混んでおるな」
「はい、三日も船待ちなされておるお人もいらっしゃいます。-ああお武家さまのお部屋はこちらでございますよ」
「その部屋は、いやだ」
竜馬は、どんどん廊下を歩いて、別の部屋に入りこんでしまった。すわるとすぐ、
「酒をくれ」
土佐者は酒を茶のように飲む。
「あの、このお部屋は、もうすぐお着きになるお客様のお部屋でございます」
「おれは、ここだ」
きめてしまっている。竜馬は、もともと頑固でなさすぎるほどの男だが、他人にきめられたとおりにするのが、だいきらいなたちなのである。後年、かれは口ぐせのようにいった-
(衆人がみな善をするなら、おのれひとりだけは悪をしろ。逆も、またしかり。英雄とは、自分だけの道をあるくやつのことだ)
だまって、にこにこ笑っている。
・出典
竜馬がゆく 一 /司馬遼太郎、門出の花、p32,33
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