青い海が、ふと誘惑でさえあった。朱美は、海を見つめていると、自分が怖くなった。何のためらいもなく、真っ直ぐにそこへ向かって駆けて行かれる気がするのである。
そのくせ自分がこんなつき詰めた考えを抱いているなどということは、およそ彼女の養母のお甲もしらない。清十郎も思わない。誰でも朱美と一つに暮らした者は皆、この娘は至って快活で、お転婆で、そしてまだ、男性の恋愛が受け取れないほど開花の晩い質だと思いこんでいるらしいのである。
朱美はそんな男たちやまた養母を、心のうちであかの他人と思っていた。どんな冗談でもいえるのである。そしていつも鈴のついた袂を振って、駄々っ子みたいに振舞っているのだったが、独りになると、春の草いきれのように熱いため息をついていた。
・出典
宮本武蔵 (二)/吉川英治、わすれ貝、p327,328
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自分は本当はこんな人間なのに、相手は私のことを全然わかってくれない。そんなことを考える日もありましたが、私から見えている私はそれで本当だし、相手から見えている私も相手にとっては本当なのです。じゃあ、どうすればいいかというと、これといって解決策は思い浮かんでいません。
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