-忘れたい。
苦しくなると、そう思うほどだったが、また、
「忘れたくない」
朱美は、胸を抱いて、矛盾の境に立った。
もしほんとうにわすれ貝という物があるならば、それはあの清十郎の袂へこそ、そっと入れてやりたい。そしてこの自分という者を彼から忘れてもらいたいと、ため息ついて思う。
「執こい人・・・・・・」
思うだけでも、朱美は心がふさいだ。自分の青春をのろうために、あの清十郎は生活しているような気持ちにさえ襲われる。
清十郎のねばり濃い求愛に、心が暗くなるときは、必ずその心のすみで、彼女は武蔵のことを考えた。-武蔵が心にあることは、救いであったが、また苦しくもなってきた。なぜならば、遮二無二に今の境遇を切り解いて現在の身から夢の中へ、駆け出してしまいたくなるからだ。
「・・・・・・だけど?」
彼女は、しかし幾たびもためらった。自分はそこまでつき詰めているが、武蔵野気もちはわからなかった。
「・・・・・・アアいっそのこと忘れてしまいたい」
・出典
宮本武蔵 (二)/吉川英治、わすれ貝、p326,p327
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気になってしまったということは、今の自分が向き合うべき課題なのでしょう。
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