2015年2月15日日曜日

親切と悪事 竜馬がゆく 一 /司馬遼太郎

「こんな所から足をぬくがいい。仇討ちをするために遊女となったというのは、理にあわないな。泉下のおやじどのが、そういうあんたをよろこぶかどうか」
「弟がわずらったために仕方がなかったのでございます」
「おれは一介の諸生で金はないが、いったいどれほどの金があれば世間へもどれるんだ」
「・・・・・・」
 女は答えない。いったところで詮がないとおもっているのかもしれない。
「九両もあればいいものかね。九両ならおれ、持ってるんだ」
 竜馬はふところに手を入れ、胴巻きをさぐったが、さっき藤兵衛にあずけてしまったことに気づいて、やめた。ひどくあどけない顔つきになている。
 冴はくすくす笑って、
「あの、九両ではとても。でもそんなことをして頂くのは、いやでございます」
「そうかな。それもそうかも知れん。過度の親切というのは悪事とおなじだというからな」

・出典
竜馬がゆく 一 /司馬遼太郎、朱行橙、p146

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