「こんな所から足をぬくがいい。仇討ちをするために遊女となったというのは、理にあわないな。泉下のおやじどのが、そういうあんたをよろこぶかどうか」
「弟がわずらったために仕方がなかったのでございます」
「おれは一介の諸生で金はないが、いったいどれほどの金があれば世間へもどれるんだ」
「・・・・・・」
女は答えない。いったところで詮がないとおもっているのかもしれない。
「九両もあればいいものかね。九両ならおれ、持ってるんだ」
竜馬はふところに手を入れ、胴巻きをさぐったが、さっき藤兵衛にあずけてしまったことに気づいて、やめた。ひどくあどけない顔つきになている。
冴はくすくす笑って、
「あの、九両ではとても。でもそんなことをして頂くのは、いやでございます」
「そうかな。それもそうかも知れん。過度の親切というのは悪事とおなじだというからな」
・出典
竜馬がゆく 一 /司馬遼太郎、朱行橙、p146
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