2015年2月9日月曜日

武蔵の反省 宮本武蔵 (二)/吉川英治

 彼は今、自分の体というものに対して、日々、細心ないたわりを施していた。そうした注意を抱いていたに関わらず、鳴門港の混雑の中で、釘の立ッている荷箱の板を踏みつけてしまったのである。昨日から傷に熱を持って、足の甲は樽柿のように地腫れがしていた。
(これは、不可抗力な敵だろうか?)
 武蔵は、釘に対しても、勝敗を考えるのだった。-釘といえども兵法者として、こういう不覚をうけたことを恥辱に思うのだった。
(釘は明らかに、上を向いて落ちていたのだ。それを踏みつけたのは、自分の眼が、虚であって、心が常に全身に行き届いていない証拠だ。-また、足の裏へ突きとおるまで踏んでしまったことは、五体に早速の自由を欠いたからで、ほんとの無碍自在な体ならば、草鞋の裏に釘の先が触れた瞬間に、体は自らそれを察知しているはずである)
 自問自答してこの結論を下して、
(こんなことでは)
 と、自己の未熟を反省され、剣と体とがまだまだ一致しない-腕ばかりが伸びてほかの体や精神が合致しない-一種の不具を感じて忌々しくなるのだった。

・出典
宮本武蔵 (二)/吉川英治、物干竿、p381

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自分が嫌な気持ちになった時、それは何かに負けた時。どうしたら嫌な気持ちにならずに済むか対策を考えたいですね。

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