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2015年2月13日金曜日

いいなぁと思う大人を参考に 俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく”族”を目指して〜/哀川翔

 俺が5歳のときに、親父が事故でなくなってしまった。お袋は親父の役目も果たそうとしたのか、しょっちゅうゲタを持って追いかけてきた。
 厳しく育てられたと思う。でも大人になって振りかえったら、お袋が怒るポイントはなにひとつ間違ってなかったよ。だから「子どもと一緒に生活するときの大人のあり方」として、俺はお袋を参考にすればいいやと思った。
(中略)
 よく「自分に親父がいないから、どういうふうに父親をやっていいのかわからない」って人がいるけど、俺は悩んだりしなかったね。「父親像」にこだわる必要はない。自分が見てきて、いいなぁと思った大人を参考にすればいいだけだよ。

・出典
俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく””を目指して〜/哀川翔
第⑤章 ”族”づくりの秘訣、p103

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「自分が見てきて、いいなぁと思った大人を参考にすればいいだけだよ」まさにその通りだなと思います。

価値観を認めてあげる 俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく”族”を目指して〜/哀川翔

 ”ベタ関係”っていうのは、お互いに価値観を押しつけあう関係じゃなくて、それぞれの価値観を認めあいながら、共存していく付き合いのことだ。
 いろんな人がいろんな価値観を持ちよって、認めあいながら生きていくのが仲間だし、家族だよ。
 この”ベタ付き合い”をしてないと、自分の価値観だけで生きていけるから、他人の価値観が受けとめられなくなる。
 そういう親は、子どもにも自分の価値観を押しつけて、「私の価値観のなかで生きてほしい」と思っている。
 他人と共存してこなかった大人の価値観なんて、すごく狭くて偏ってるよ。そんな考えのなかに子どもを閉じこめたら大変だ。子どもも一時は「おかしいんじゃない?」と思うだろうけど、毎日洗脳されているうちに、やがてほかの価値観が見えなくなる。
 すると、表面的にはいい子に育つよ。
 親の前ではすごくいい子。
 でもそのひずみは、遅かれ早かれ絶対に「人付き合い」のどこかで問題になって出てくる。
 友達付き合いがうまくいかなくて、子どもながらに原因を探るうちに、「うちの親がおかしかったんじゃないか?」って突きとめられて嫌われるよ。
 そうならないためにも、子どもの個性や独自の価値観を認めることだ。親子といえども、別々の人間。価値観や好みはそれぞれだから、「俺には理解できない」と思っても認めてやらなきゃいけない。
 そもそも、人と関わるって面倒くさいことなんだよ。
 かく言う俺だって「人付き合い」はあんまりうまくはない。(中略)
 でも、人間関係でしか学べないことはたくさんある。むしろ、人間としてたいせつなことのほとんどは、人間関係のなかでしか学習できないと俺は思う。
 いろんな人に揉まれて価値観を共有していくと人間に柔軟さが生まれる。それが人間関係をさらに円滑に運ぶ鍵になる。

・出典
俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく””を目指して〜/哀川翔
第③章 親も努力を、p70,71


いいところだけ伸ばす 俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく”族”を目指して〜/哀川翔

 子供のいいところを探すにはどうすればいいか。
 そんなの簡単なことだよ。
 いい顔して笑ってる瞬間を探せばいいんだ。
 ウチのこはどういうときに、なにをしているときにいい顔をするのか。
 そしたら、すごく面倒見がいいとか、笑いのセンスが鋭いとか、人の気持ちがわかる優しさを持っているとか、なんかいいところが見つかるはずだよ。今度はそれを伸ばしていけばいい。いいところが伸びるようなことをやらせておけば、それだけで一日が終わるから。
 みんな「頭が悪いから勉強させよう」みたいに、悪いところを探して補填しようとするからおかしくなるんじゃない? 人間なんて悪いところのほうが多いんだから、きりがないし、子どもも親も楽しくないよ。
 いいところだけ伸ばすのはお互い楽しい。親はそれを見つけてあげる義務があると思うね。

・出典
俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく””を目指して〜/哀川翔
第②章 子どもの学校にも出撃、p39,40

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哀川さんの本を読んでいると、紹介したい文章ばかり出てくる。哀川さんの考え方には到底及ばない。

見て見ぬフリをしない 俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく”族”を目指して〜/哀川翔

 俺は街で遊んでいる子どもたちによく出くわす。
 公共のマナーを守れない子どもには、大人が「それはダメだ」って教えてあげないといけないのに、ゴミを捨てる子を見てもだれも注意しないのはなんでだろう。
 どう注意していいのかわからないのかもしれないけど、大人が見て見ぬフリするのはよくない。それって、シカトしてるってことでしょ?
 子どもをシカトする社会ってどう考えてもおかしいよ。
 そこは一歩、注意する勇気を持ってほしいね。そこから変えていけば社会が変わると思うから。ただ、急に目一杯やろうとすると意気込んじゃっておかしくなるかもしれないから、普段からちょっとずつ言うようにしておいたほうがいい。
 俺はいま、「ゴミは捨てるな」「ゴミ拾え」活動に入ってる。
 そのまんまの活動なんだけど、ゴミをポイっと捨てるやつがいたら「ダメだよ、捨てちゃ」って言うの。そのひと言でいい。なんでもそうだよ。なにも「クラァァァ!!!」ってけんか腰で言う必要ないから。柔らかく「しちゃいけないよ」って言えばいいんだ。
 そしたら子どもはドキッとする。子どもは心の中で「わ、注意されたよ。でもまぁポイ捨てしたらダメだよな」って思う。ゴミを捨てるのが悪いことだっていうのは、だれでも知ってるからね。たとえそのとき「うるせえ」って思っても、大人に注意された事実は残る。その記憶が大事なんだよ。
 その子が大人になって、かつての自分みたいにゴミを捨てる子どもを見たら、「あ、俺も注意されたな」と思い出すかもしれない。そしたら今度は自分が「ゴミを捨てたらダメだよ」って言える大人になる可能性がある。
 子ども100人に声をかけたら、ひとりくらいはそういうやつが出てくるはずだ。そのために種をまいておかなきゃいけない。
 俺の「ゴミ拾え」活動も、種まきなんだ。だれもそんなこと言う大人がいなかったら、そこを目指す子どもがいなくなるからね。
 そのときは価値がわからなくても、大人になってからわかることってある。子どものころに怒られまくった怖い先生が懐かしくなるみたいなもんで、知らない大人に注意されたことにありがたみを見出せるようになるはずだ。
 日本の未来のためにも、大人には勇気を持ってほしいね。

・出典
俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく””を目指して〜/哀川翔
第②章 子どもの学校にも出撃、p39,40

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この話を聞いて、私も小学校のときに、見ず知らずのおじさんに叱られたことを思い出しました。その時は「なんだ、このおっさん」と思いましたが、そういう経験をしたことは今となっては貴重な体験だったんだなと思いました。

見えてるのに、見えてないフリ 俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく”族”を目指して〜/哀川翔

 俺はよく学校へ行ってるから、子どもたちを見てグレそうな予兆がわかる。親同士もたいてい知ってるから、その子の親に直接「子ども、おかしいよ」と言ったりもするけれど、ほとんどの親が「そんなことない」って言いきるね。
「じゃあ、学校に見にくれば?」って言っても、絶対に来ない。
 結局わかってるんだ、自分の子がグレはじめたって。見えてるのに、見えてないフリしてるだけ。
 そうなったら、たいてい次の学年には学校を辞めていなくなる。辞めたあとの子どもは、もう顔つきが変わるね。悪人の顔になる。悪人顏になったやつは、俺の顔を見ると逃げるよ。また怒られるんじゃないかと思って、目を逸らす。
 その悪人顏は俺たちの時代の「不良」とは違う顔をしてるよ。俺は不良って言われると昔懐かしいバンカラな番長みたいなイメージが湧くんだけど・・・・・・。それに、不良がする「悪さ」って主には喧嘩だけど、悪人顏の「悪さ」はちょっと違うんだ。
 そういうやつらが刃物を持ちだして人を斬りつけたりする。それはもう「不良」じゃなくて「犯罪者」だ。
 そうなるのも親が子どもと闘っていないからだよ。自分のことで精一杯で、闘う気力がないんだろうね。それじゃあ、子どもはついてこないし、家族はまとまらないよ。

・出典
俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく””を目指して〜/哀川翔
第②章 子どもの学校にも出撃、p39,40

集団がまとまる秘訣 俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく”族”を目指して〜/哀川翔

 結局、喧嘩したりぶつかったりするのは闘いだけど、そのぶん問題を乗りこえて、解決してきた数も多いってことだ。
 逆に言えば腹にイチモツありながら波風立たないようにしている家族っていうのは、なにひとつ問題を解決できていないってことでしょう。
 家族の問題なんてひとつひとつは、本当に些細なこと。
(中略)
 日常の揉め事なんてこんなもんだ。でもなぁなぁにしないで、その都度「じゃあこうしよう」って解決策を講じる。それが家族という集団がまとまる秘訣になると思う。

・出典
俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく””を目指して〜/哀川翔
第①章 オレ流の叱り方・殴り方、p29

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この吐き出し方、解決方法、自分にはまだまだできていない。参考にしたい。

喧嘩しない家族 俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく”族”を目指して〜/哀川翔

 怒ることって、嫌いになるためじゃなくて、相手をうまくやっていくためのものだ。
 ”喧嘩するうちが花”って言うけど、まさにその通り。だから、相手のことを信じて思いっきりものがいえる関係っていうのが一番いいと思う。
 喧嘩もしなくなったら家族は終わりだよ。喧嘩しない家族って、ニセモノの家族みたいじゃない。
 まるでお受験で学校に提出する家族写真みたいだよ。親は仕事ばかりして滅多に子どもと遊ばないのに、デパートの写真館で修正入れまくって仲良さそうなファミリーに仕立て上げてる感じ。平面的でペラペラ。でもそういう見栄っ張りな家族は多いと思う。
 ウチは恥も外聞もなく、おおっぴらに喧嘩はするけど、ハートがある。
(中略)
 次の日にはみんなその(喧嘩)の話で盛り上がったりして、親子ゲンカを家族共通の話題として楽しんでる。だから、怒られた本人もだれも落ちこまない。次の日にはケロッとしてるね。

・出典
俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく””を目指して〜/哀川翔
第①章 オレ流の叱り方・殴り方、p20,21

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思ったことが伝え合える、議論ができるということは、どんな関係にも大事だろうな。

2015年2月10日火曜日

気づいたら即、怒る 俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく”族”を目指して〜/哀川翔

 なにか気になることがあったら、気づいた瞬間に、すぐ子どもに言ったほうがいいよ。小さなことでも、積もり積もれば大爆発になるから。なにかのきっかけで、目の前のこと以上の大きな怒りが出てきたら子どもも戸惑ってしまうし、ムカつきも出てくる。
 たとえば、ウチは「事後報告は許さない」という掟がある。どこか遊びに行く場合は、前もって報告するというルール。
 そういう大事なルールの話をしているのに、子どもが”心ここにあらず”で人の話を聞いていなかったとする。それに気がついたら、俺は即「おい、人の話聞いてんのかよ!」と怒る。小さいことだけど、気になったら溜めておかないんだ。

・出典
俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく””を目指して〜/哀川翔
第①章 オレ流の叱り方・殴り方、p8

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 最近、高ストレス社会と呼ばれて久しい。ということは、現代人はストレスの抜き方が下手になってきているということ。尊敬している所ジョージさんは「毎日、楽しい。起きて目が覚めただけでも、ヤッターってなるよ」と言っていた。職場、学校、友達、誰とも思ったことを言い合えない。そんな感じだろうか。日本の中には「本音」と「建前」というものが存在していて、このバランスをとることは難しいですね。これを乗りこなすことが日本社会を生きていくということではなかろうか。

叱る、怒ることを見つけ言う 俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく”族”を目指して〜/哀川翔

 いまは「子どもをどう叱ったらいいのか、どう怒ったらいいのかわからない」という大人が本当に多い。これが家族がおかしくなっていく、オオモトのような気がするよ。
 俺、なんで叱れないんだろうと思って、一回まわりの大人に聞いてみたんだよ。そしたら「嫌われたくないから」ってみんな言ってた。やっぱり叱ると相手から嫌われると思ってるんだね。俺、子どもを叱って嫌われたことなんて一回もない。嫌われる人は、叱り方が間違ってるんだと思うよ。
 世間には「感情をコントロールして自分の怒りを出さないようにすることが”大人”だと思うから子どもを怒鳴らない」っていう人もいるけど、冗談じゃないね。怒鳴らない大人っていうのは、冷静なんじゃなくて「子どもがしちゃいけないこと」がなんなのか、わからないだけじゃない? もしくは怒る元気がないか。のらりくらり生きてるやつは、怒る気力も湧いてこないだろうから。

・出典
俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく””を目指して〜/哀川翔
第①章 オレ流の叱り方・殴り方、p8

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 「叱る」=「嫌われる」という図式が成り立っている人はかなり多いと思う。私もどちらかというとみんなから好かれたい人間だ。しかし、どんなことをしようと一定数の人はその行動を嫌うし、一定数の人はその行動を好く。世の中には鞭で叩かれたい人もいれば、鞭で叩きたい人もいるのだ。「叱る」=「いけないことを伝える」、「自分の価値観を伝える」ということを好いてくれる人は必ずいるだろう。そうしているうちに、自然と自分の周りに残っていく人間が本当に一生付き合っていける仲間になるのではなかろうか。

文句を言い合える家族 俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく”族”を目指して〜/哀川翔

 俺たち夫婦は倦怠期が訪れても不思議はない結婚17年目だし、更年期に入る50代を迎えた。5人いる子どものうちだれかは反抗期といっても過言じゃない。地雷がいっぱい埋まったような家だよ。ただ、俺はカミさんとも子どもとも、きちんと向きあって、常に文句を言いあって、コミュニケーションを取ろうとしているから、なんとか家族として成りたってる。こんなやり方もあるんだなぁって思ってもらえればいいよ。

・出典
俺んち、やばくない!? 〜家族ではなく””を目指して〜/哀川翔
はじめに、p3


 文句を言い合える。そういう集団ってかなり減ってきている気がする。文句とはある一人の主観から見て、マイナスに思えることを相手に伝えること。つまり、本人が良かれと思ってやっていることでも、相手にとってマイナスに働けば文句を言われることもある。相手を喜ばせるって難しいですね。明石家さんまさん流に言うと『「〜のため」っていう言葉は「自分のため」以外は使ってはいけない』と言われると思います。

2015年2月7日土曜日

カネは品位を現す量り 早起きは「3億」の徳/哀川翔

「自分のカネを使ってる人間かどうかは、登場した時のオーラでわかる。そこはある種、ある部分の人間の品位を現す量りだから」

 俺、やっぱりせこいやつとは友達になりたくないよ。
 それが一番分かるのはね、カネ払うとき。カネ払うときなんだけど、でも飲みにいくまでもなく、自分で払いたいタイプなのか人に払ってもらいたいタイプなのか、仕事の現場で会ったときにだいたい分かるよ。これはハッキリ分かれてるから。もう、登場した瞬間に分かる。登場したときのオーラで分かるよ。全然違うもん。
 で、実際に飲みにいったらその正解が分かる。あいつは奢ってるな、あいつは奢られてばっかりだな、あいつはたまに奢ってるな、とかそういうのが全部分かるわけだからさ。そういうところを俺はしっかり見てるから。
 そこをチェックするともうモロに人間が見えるよ。
 それを見て、こいつは俺と同等の付き合いだなとか、こいつはもう見下ろしだな、みたいなものが決まるのよ。俺らはそういう量り方しかないからね。
 カネ出さないやつは見下ろすよ、俺。当然でしょ。
 カネに対してどういう態度かっていうのは、ある種、ある部分の人間の品位を現す量りだから。いや、これはカネがないからダメで下品ってことじゃないんだよ。その人間の立場や稼ぎに対してどうしてるかを見るわけだからね。その時々の状況によってそれは変わる。その立ち居振る舞いで、自分のことを分かってる人は上品なんだよ。でもそこが下品なやつはもう見下し決定だよ。そんなやつとは付き合いたいくないから、切り捨てていくね。

・出典
早起きは「3億」の徳/哀川翔、第五翔 カネの激変、p172,173

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基本は親中心 早起きは「3億」の徳/哀川翔

「基本は子供じゃなくて夫婦中心。大人が楽しそうにやってるのを見て、子供は自分も仲間に入りたいと思う。それが大人と子供のコミュニケーションじゃない?」

 生活のリズムや食事とかは子供に合わせたほうが元気になるからいいと思うけど、基本的にウチは親中心なんだよ。だからいろんなことに早朝から子供も付き合わせてるよ。
(中略)
 子供中心の家っていうのは、子供のレベルに合わせて釣り堀に行くようなもんだよ。そんなの馬鹿みたい。だいたいちょっとくらい危ない目にあわしてやりゃいいんだ。すんごい波のところにつれてってさ。そしたら自分で考えて行動できるようになるから。波を見て「今日はお前やめたほうがいいんじゃねえか」とか、そういう会話ができるようになる。
 ただ絶対嫌いにさせちゃいけないからね。ある程度の子供の様子を見つつ、トラウマになるような危ないことはさせない。
 大人たちが楽しそうにしてると、子供も参加したくなるじゃん。そうやっていろいろ経験するなかで好きなことや得意なことを見つけていけば、それが立派な教育になるでしょ。別に教えてやろう、とかじゃなくて俺のやりたいことに引きずり込んでる感じ。本来、それが親と子供の関係として普通じゃないの?子供中心だと本末転倒な感じがするね。

・出典
早起きは「3億」の徳/哀川翔、第三翔 家族の激変、p96~98

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子供は宝だといって大切にしようという風潮があるが、「大切=子供中心」ではないことを考えないといけないな。大切にするってどういうことでしょうね。

結婚しても男と女 早起きは「3億」の徳/哀川翔

「子供中心より親中心の家族でいること。それには『パパ』と『ママ』だけじゃなくて、ちゃんと夫婦でいることだよ。ラクして『夫』や『妻』を放棄しちゃダメ」

みんな付き合ってるときは普通に男と女のカップルだったのに、結婚して子供が生まれたら「パパ」と「ママ」って役割だけになっちゃう夫婦が多いよね。子供に対してだけ「パパ」と「ママ」になるんじゃなくて、「夫」と「妻」であることも放棄しちゃうんだよ。
 なんでそうなるかっていうと、ラクだからでしょ。男や女としてちゃんとするステージを降りるとラクだもん。役割は一個の方がラクだし、サボろうとしてるんだよ。サボったって、親である役割を放棄してなかったら日本では責められない。
 でも俺、それじゃあダメだと思うよ。ちゃんと親の役割を果たしつつ、男女のカップルである部分をなくしちゃいけないよ。
 だってそこが成立していないから、子供がいて親がいるみたいな逆転関係になっちゃうんだもん。もしくは、家の外で楽しみを見つけようとしたりしておかしなことになる。
 日本ではそういう習慣がまかり通ってるけど、なんか俺は変だと思う。そこが崩れると、家族の基盤が崩れるような、基本のことだと思うんだけどね。

・出典
早起きは「3億」の徳/哀川翔、第三翔 家族の激変、p102,104

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人はほっておくと楽な方、楽な方に流れていく。よーし、料理を作るぞと思っても、インスタントで済ませてしまったり・・・。

運動は日常生活に組み込む 早起きは「3億」の徳/哀川翔

「子供を両手で一人ずつ抱いていたら、腕の筋肉がパンパンになった。わざわざ時間とカネを使ってジムに行かなくても、活発に日常を過ごし、自分の役割を見つけてよく動くうちに、自然と体は鍛えられる」

 おかげ様で俺は09年で48歳になるけど、別に太ってくることもないし筋肉も衰えていない。
(中略)
 そもそも俺はジムに通ったり、トレーニングルームを作って筋トレやったりとか、敢えて体を鍛えるってことはとくにやってきてないんだ。(中略)
 なんせ会えて筋トレして鍛えなくても、生活の中で筋肉が自然につくから。
 下の子供たちがちっちゃい頃は、両腕に子供抱いていたら自然に筋肉がついて、腕パンパンになってたし、食料を買い出しにいっても、ウチの買い物袋の量はハンパじゃないから。
 人数多いと量が多いから、まぁすごいよ。一回買い物に行くと、食材だけで3,4万円使うから。食料がびっちり入った買い物袋は重い。それを3個も4個も持って歩くとむちゃくちゃいいトレーニングになるよ。もう、店から車にいれるだけでもしんどいし、車から家にいれるだけでむちゃダルイもん。
 そうやって買った食材も3日でなくなるから。もういやになるよ! 早い。でも食べに行ったら一食で3,4万はかかるけど、買い物に行けば3日か4日かはそれで暮らせるからね。だから3日に一回はその動きをするわけで、これは経済的にもいいし、体にとっても動きになるんだよ。
(中略)
 だいたい大人って、みんなどんどん動かなくなっていくでしょ。そういう自覚があるからこそ一念発起してジムに行ったりしてるのかもしれないけど、そんな動きは無駄なんだよ。経済的にも無駄だし、心も無駄なもんだらけよ。
(中略)
 だから敢えてなにかをするんじゃなくて、普段の生活で怠慢こかずに、日常生活をもっと活発に利用して体を鍛えるのが一番だと思うよ。

・出典
早起きは「3億」の徳/哀川翔、第二翔 効率の激変、p80~82

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朝早いと効率がいい 早起きは「3億」の徳/哀川翔

「都会は午前中勝負!どこ行ってもガラガラだし、朝から動いてる犯罪者はいないよ」

 朝早いと、ないがいいって、まずどこに行ってもガラガラに空いているってこと。築地には朝飯を食いに一時期よく通ったけど、その道中も道ガラガラで最高だった。駐車場だって、一番便利なところとか入れやす好きなところに駐車できるし、それだけで何分も違う。それに警察に止められることもない。駐禁を切られたりネズミ捕りもやってない。だいたい朝から動いている犯罪者はいないからね。
 銀行も役場も郵便局も確実に空いてる。うちは家族が多いし仕事も個人事務所だから、その3つに行くことも多いけど、もう午前中勝負! 何回でも往復できるぐらいガラガラだもんね。
 デパートとか買い物に行くにしても俺は一番乗りだから。そうするととにかく空気がいいんだ。遅くに行くと空気が淀んで悪くなっているでしょう? とくに冬場は乾燥もひどい。デパートは昼から行くもんじゃないね。人が多い場所ほど、早め早めに動けばいいんだよ。

・出典
早起きは「3億」の徳/哀川翔、第二翔 効率の激変、p62,63

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朝早くから動く警察も犯罪者もいない。まさかの考え方。時短もできて安全。こんな生活もいいですね。

時間に余裕ができると優しくなる!? 早起きは「3億」の徳/哀川翔

「イライラしてもなにもいいことない。俺は待つのが嫌いだから、なんでも人より先に済ませたい。みんな早起きして時間も心も余裕が出ると人に優しくする気持ちが生まれるんだよ」

 どこか外で昼飯を食うときも、遅くても11時半には店に入っているから。そうすれと店も空いてるし、店員も余裕だから対応もいい。水が来なかったりオーダー間違われたりしないもんね。でも混んでくると、店員もいっぱいいっぱいになってくるし、お客も我先に、みたいな感じになるんでしょ。その頃には俺はもう食べ終わって、さぁ帰るかという状況だよ。余裕だから人に譲ろうかというきもちにもなるし、わさわさしない。
 でもみんなそのへんが逆転してる。ギリギリの時間設定で動いたら何事もギリギリになるのは目に見えてるんだから。そうやって焦って動くから心に余裕がなくなる。それでストレス、ストレスとかいってるわけでしょう? 俺、意味が分からない。イライラしたくないなら早く寝る。これしかないと思うね。

・出典
早起きは「3億」の徳/哀川翔、第二翔 効率の激変、p64,65

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スーパーのレジ打ちのアルバイトをしていたがまさにそう!忙しくてお客さんがいっぱい並んでいるときは、どうしても一人一人に丁寧に接客することが難しくなる。反対に、空いているときは、商品が少なければ袋に入れようかなという思いすら過る余裕がある。だから、丁寧に接客ができましたね。

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