-勝った。
武蔵は、心のうちで、自分へ凱歌をあげてみる。
(-吉岡清十郎に、おれは勝った。室町以来の宗家、あの名門の子を、おれはたおした)
だか、彼の心は、すこしも歓んではないのである。彼は、俯向きがちに、野を歩いていた。
(中略)
勝った後のさびしさ-というのは、賢い人たちの俗世的な感傷である。修行中の兵法者にはない言葉だ。けれど武蔵は、たまらない淋しさにつつまれて、果てなき野を独りあるいている。
・出典
宮本武蔵 (三)/吉川英治、枯野見、p270
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未熟な私には全然わからない感覚です。
2015年2月14日土曜日
底なし沼 宮本武蔵 (三)/吉川英治
「帰ろう」
小猿を肩にのせて、小次郎はいいだした。朱美は、この男の側から逃げたいと思った。-しかし、妙に逃げきれないものを感じて、その勇気が出ないのである。
「・・・・・・武蔵を捜してみたって、もう無駄だ。いつまで、この辺りにうろついているはずはない」
ひとり言をいいながら、小次郎は先へ歩いてゆくのである。
(なぜ、この悪党のそばを、離れられないのか、この隙に、逃げてしまわないのか)
と、朱美は自分の愚かさを怒りながら、やはりその後に尾いて、歩かずにあられなかった。
小次郎の肩に止まっている小猿が、その肩の上から後ろ向きになって、キキと、白い歯を剥いて彼女に笑いかけてくる。
「・・・・・・・・・・・・」
朱美は、小猿と同じ運命の者が自分であると思った。
・出典
宮本武蔵 (三)/吉川英治、枯野見、p269
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朱美は、小次郎が悪党であって、このまま尾いていっても明るい未来はないと思いながらも尾いていってしまう。逃げ出すと殺されてしまうという恐怖もあるが、それ以上に何か別の心理的葛藤が働いていると思う。こっちに進むと良くないと分かっているときは、素早く方向転換したいものだ。それが遅れるとぬかるみにハマって逃げ出せなくなる。
小猿を肩にのせて、小次郎はいいだした。朱美は、この男の側から逃げたいと思った。-しかし、妙に逃げきれないものを感じて、その勇気が出ないのである。
「・・・・・・武蔵を捜してみたって、もう無駄だ。いつまで、この辺りにうろついているはずはない」
ひとり言をいいながら、小次郎は先へ歩いてゆくのである。
(なぜ、この悪党のそばを、離れられないのか、この隙に、逃げてしまわないのか)
と、朱美は自分の愚かさを怒りながら、やはりその後に尾いて、歩かずにあられなかった。
小次郎の肩に止まっている小猿が、その肩の上から後ろ向きになって、キキと、白い歯を剥いて彼女に笑いかけてくる。
「・・・・・・・・・・・・」
朱美は、小猿と同じ運命の者が自分であると思った。
・出典
宮本武蔵 (三)/吉川英治、枯野見、p269
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朱美は、小次郎が悪党であって、このまま尾いていっても明るい未来はないと思いながらも尾いていってしまう。逃げ出すと殺されてしまうという恐怖もあるが、それ以上に何か別の心理的葛藤が働いていると思う。こっちに進むと良くないと分かっているときは、素早く方向転換したいものだ。それが遅れるとぬかるみにハマって逃げ出せなくなる。
2015年2月13日金曜日
感謝の押売り 宮本武蔵 (三)/吉川英治
「恩着せがましくいうのじゃないが、いつまでも覚えてくれているだろうな」
「ええ、ご恩は」
「そんなことじゃない、おれがまだ独り身だということをさ。・・・・・・伯父の半蔵がやかまし屋でなければ、邸へ連れて行きたいところだが・・・・・・まあいい、小さな旅籠がある、そこの亭主も、おれのことはよく知っているから、おれの名を告げて泊まるといい。・・・・・・じゃあ、おさらば」
先の好意はわかるし、親切な人とも思いながら、その親切に少しも欣べないばかりか、親切を示されれば示されるほど、かえって厭わしくなる人間というものはよくある。
拓殖三之丞に対するお通の気もちがそれだった。
(底のわからない人)
という最初の印象が妨げるせいか、わかれに臨んでも、狼から離れたように、ほっとはしたが、心から礼をいう気になれない。
かなり人みしりをしない城太郎さえが、その三之丞とわかれて峠を隔てると、
「いやな奴だね」
と、いった。
きょうの難儀を救われたてまえにも、そういう陰口はいえない義理であったけれど、お通もつい、
「ほんとにね」
と頷いてしまい、
「いったいなんの意味なんでしょう、おれはまだ独り者だということを覚えていてくれなんて・・・・・・」
「きっと、お通さんを今に、お嫁にもらいに行くよという謎なんだろ」
「オオいやだ」
それから二人の旅は至って無事だった。
・出典
宮本武蔵 (三)/吉川英治、孤行八寒、p172,173
・関連場所、商品
・相反記事
たかが金 竜馬がゆく 一 /司馬遼太郎
「ええ、ご恩は」
「そんなことじゃない、おれがまだ独り身だということをさ。・・・・・・伯父の半蔵がやかまし屋でなければ、邸へ連れて行きたいところだが・・・・・・まあいい、小さな旅籠がある、そこの亭主も、おれのことはよく知っているから、おれの名を告げて泊まるといい。・・・・・・じゃあ、おさらば」
先の好意はわかるし、親切な人とも思いながら、その親切に少しも欣べないばかりか、親切を示されれば示されるほど、かえって厭わしくなる人間というものはよくある。
拓殖三之丞に対するお通の気もちがそれだった。
(底のわからない人)
という最初の印象が妨げるせいか、わかれに臨んでも、狼から離れたように、ほっとはしたが、心から礼をいう気になれない。
かなり人みしりをしない城太郎さえが、その三之丞とわかれて峠を隔てると、
「いやな奴だね」
と、いった。
きょうの難儀を救われたてまえにも、そういう陰口はいえない義理であったけれど、お通もつい、
「ほんとにね」
と頷いてしまい、
「いったいなんの意味なんでしょう、おれはまだ独り者だということを覚えていてくれなんて・・・・・・」
「きっと、お通さんを今に、お嫁にもらいに行くよという謎なんだろ」
「オオいやだ」
それから二人の旅は至って無事だった。
・出典
宮本武蔵 (三)/吉川英治、孤行八寒、p172,173
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たかが金 竜馬がゆく 一 /司馬遼太郎
観る目 宮本武蔵 (三)/吉川英治
かぞえても幾人もない親類である。努めて、その人達をば、助けたり助けられたりして行きたいものと、彼のみは、思うのだった。
だが武蔵のそんな考え方は、実世間を知らない彼の感傷に過ぎない。若いというよりも、幼稚なほど彼はまだ、人間を観る目も、世の中を観る目も、そういう方にかけては、知ることの浅い青年に過ぎなかった。
彼のような考えは、彼が大いに名を成すか、富を得るかした後に考えるならば、少しも不当にはならないが、この寒空を、垢じみた旅着一枚で、しかも大晦日-たどり着いた親戚の家で考えたりすることではない。
その考えの間違っていた反証はやがてすぐ現われた。
(すこし休んでいけ)
と、叔母がいってくれたことばを力にして、彼は、空腹をかかえて待っていたが、宵から勝手元で煮物のにおいや器物の音がしていたにもかかわらず、彼の部屋にはなんの訪れもないのである。
・出典
宮本武蔵 (三)/吉川英治、孤行八寒、p172,173
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服と証明 星の王子さま/サン=テグジュペリ作 内藤 濯訳
だが武蔵のそんな考え方は、実世間を知らない彼の感傷に過ぎない。若いというよりも、幼稚なほど彼はまだ、人間を観る目も、世の中を観る目も、そういう方にかけては、知ることの浅い青年に過ぎなかった。
彼のような考えは、彼が大いに名を成すか、富を得るかした後に考えるならば、少しも不当にはならないが、この寒空を、垢じみた旅着一枚で、しかも大晦日-たどり着いた親戚の家で考えたりすることではない。
その考えの間違っていた反証はやがてすぐ現われた。
(すこし休んでいけ)
と、叔母がいってくれたことばを力にして、彼は、空腹をかかえて待っていたが、宵から勝手元で煮物のにおいや器物の音がしていたにもかかわらず、彼の部屋にはなんの訪れもないのである。
・出典
宮本武蔵 (三)/吉川英治、孤行八寒、p172,173
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2015年2月10日火曜日
請売り 宮本武蔵 (三)/吉川英治
「室町幕府が無能だったので、内乱ばかり起こって、力ある者と力のある者とが、自分たちの権力ばかりを通そうとし、人民たちは一日とて、安き日もなかったほどですから、国のことなんか、まじめに考えてみる人もありません。
「山名、細川なんかの喧嘩だろう」
「そうそう、戦を、自我のためにばかりしていました、手のつけられない私闘時代。-その頃、荒木田様の遠い先は、荒木田氏経といって、やはり代々、この伊勢の神主さまを勤めてきたんですが、世の中の我利我利武者が、わたくしの喧嘩ばかりしているために、応仁の乱の頃からは、たれもこんな所をかえりみる者がなく、古式も御神事もすっかり廃れてしまったのです。それを前後二十七度も、政府に嘆願して、ここの荒廃をおこそうとしたのですが、朝廷には費用がなく、幕府には誠意がなく、我利我利武者は、自分たちの地盤争いに血まなこで、捨てて省みる者もなかったということです。-氏経様は、その中を、時の権力で貧苦とたたかい、諸人を説きあるいて、やっと明応の六年ごろ、仮宮の御遷宮をすることができたというのです。-ずいぶん呆れるじゃありませんか。-だけど、考えてみると、私たちも、大きくなると、この体の中に、母の乳がながれて赤くなっていることは忘れてしまっていますからね。
すっかりお通に熱心に喋舌らせてしまってから、城太郎は手をたたいて飛び退き、
「アハハハ。あははの、あははだ。おれが黙って聞いていれば知らないと思って、お通さんのもみんな、請売りじゃないか」
「あら、知ってたの、-人が悪い!」
・出典
宮本武蔵 (三)/吉川英治、冬かげろ、p28,29
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結局、誰がどんなかっこいいことを言っていても、自分が考えたことではなくて過去の人間たちが積み上げた知識の上に立っているだけである。だから、他人が考えたことをさも自分が考えたことのように言うのは別に問題ではない。しかし、その発言に知識の土台がなければ足元を掬われるので注意が必要である。
宮本武蔵 (三)/吉川英治、冬かげろ、p28,29
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結局、誰がどんなかっこいいことを言っていても、自分が考えたことではなくて過去の人間たちが積み上げた知識の上に立っているだけである。だから、他人が考えたことをさも自分が考えたことのように言うのは別に問題ではない。しかし、その発言に知識の土台がなければ足元を掬われるので注意が必要である。
2015年2月9日月曜日
たわ言 宮本武蔵 (三)/吉川英治
よく強がった侍が、念仏のようにいう、必死とか、覚悟などという言葉も、武蔵の考えからすると、取るに足らないたわ言のように思える。
およそ人なみの侍が、こういう場合に立ち至った時、必死になることなどは、当然な動物性である。覚悟の方は、やや高等な心がまえであるが、それとても、死ぬ覚悟ならば、そう難しいことではない。どうしてもしなねばならぬ事態に迎えられてする死ぬ覚悟だとすれば、なおさら、誰もすることである。
彼がなやむのは、必死の覚悟が持てないことではなく、勝つことなのだ。絶対に勝つ信条をつかむことである。
・出典
宮本武蔵 (三)/吉川英治、神泉、三、p13,14
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武蔵さんのように「死ぬ覚悟はそう難しいことではない」なんて、簡単に言えないけれども、結局は何事も勝つことが大切だということだ。覚悟なんてどうでもいいから、相手に、社会に、自分に勝とう。勝てないときは逃げよう。
およそ人なみの侍が、こういう場合に立ち至った時、必死になることなどは、当然な動物性である。覚悟の方は、やや高等な心がまえであるが、それとても、死ぬ覚悟ならば、そう難しいことではない。どうしてもしなねばならぬ事態に迎えられてする死ぬ覚悟だとすれば、なおさら、誰もすることである。
彼がなやむのは、必死の覚悟が持てないことではなく、勝つことなのだ。絶対に勝つ信条をつかむことである。
・出典
宮本武蔵 (三)/吉川英治、神泉、三、p13,14
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武蔵さんのように「死ぬ覚悟はそう難しいことではない」なんて、簡単に言えないけれども、結局は何事も勝つことが大切だということだ。覚悟なんてどうでもいいから、相手に、社会に、自分に勝とう。勝てないときは逃げよう。
武蔵の反省 宮本武蔵 (二)/吉川英治
彼は今、自分の体というものに対して、日々、細心ないたわりを施していた。そうした注意を抱いていたに関わらず、鳴門港の混雑の中で、釘の立ッている荷箱の板を踏みつけてしまったのである。昨日から傷に熱を持って、足の甲は樽柿のように地腫れがしていた。
(これは、不可抗力な敵だろうか?)
武蔵は、釘に対しても、勝敗を考えるのだった。-釘といえども兵法者として、こういう不覚をうけたことを恥辱に思うのだった。
(釘は明らかに、上を向いて落ちていたのだ。それを踏みつけたのは、自分の眼が、虚であって、心が常に全身に行き届いていない証拠だ。-また、足の裏へ突きとおるまで踏んでしまったことは、五体に早速の自由を欠いたからで、ほんとの無碍自在な体ならば、草鞋の裏に釘の先が触れた瞬間に、体は自らそれを察知しているはずである)
自問自答してこの結論を下して、
(こんなことでは)
と、自己の未熟を反省され、剣と体とがまだまだ一致しない-腕ばかりが伸びてほかの体や精神が合致しない-一種の不具を感じて忌々しくなるのだった。
・出典
宮本武蔵 (二)/吉川英治、物干竿、p381
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自分が嫌な気持ちになった時、それは何かに負けた時。どうしたら嫌な気持ちにならずに済むか対策を考えたいですね。
(これは、不可抗力な敵だろうか?)
武蔵は、釘に対しても、勝敗を考えるのだった。-釘といえども兵法者として、こういう不覚をうけたことを恥辱に思うのだった。
(釘は明らかに、上を向いて落ちていたのだ。それを踏みつけたのは、自分の眼が、虚であって、心が常に全身に行き届いていない証拠だ。-また、足の裏へ突きとおるまで踏んでしまったことは、五体に早速の自由を欠いたからで、ほんとの無碍自在な体ならば、草鞋の裏に釘の先が触れた瞬間に、体は自らそれを察知しているはずである)
自問自答してこの結論を下して、
(こんなことでは)
と、自己の未熟を反省され、剣と体とがまだまだ一致しない-腕ばかりが伸びてほかの体や精神が合致しない-一種の不具を感じて忌々しくなるのだった。
・出典
宮本武蔵 (二)/吉川英治、物干竿、p381
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自分が嫌な気持ちになった時、それは何かに負けた時。どうしたら嫌な気持ちにならずに済むか対策を考えたいですね。
一流の者には仕事の位を見抜かれる 宮本武蔵 (二)/吉川英治
(主人はいるか)
と訊かれたが、生憎不在なのでその由を職人が答えると、
(頼みたい研物を持って来たのだが、比類ない名刀だから主がいなくてはちと不安心だ。いったいお前の家では、研や装剣の仕事にかけて、どれほどの腕があるのか確かめてからのことにしたい。-なにかここの主の研いだ物があるなら見せろ)
ということなので、畏まって、然るべき刀を幾口か出して見せると、それぞれ無造作に一見して後、
(つまらぬ鈍刀ばかりをお前の家では手がけていると見えるな。そういう研師の手にかけるのは心もとない。わしが頼むという刀は肩に負っているこの物干竿という名称のある伝来の逸品、無名だがかくの通り摺上もない備前の名作だ)
(中略)
(ひとつ、京都で研がせよう。大阪はどこの刀屋を覗いても、雑兵のもつ数ものばかり荒砥にかけておる、イヤ邪魔をした)
と、涼しい顔をして、さっさと立ち去ってしまったというのである。
・出典
宮本武蔵 (二)/吉川英治、物干竿、p355,356
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プロに出会えるプロになれ お客さんではなくファンができる経営/浅野悦男
目に見えないところの努力は必ず、仕事、人相に出てくると信じてやっていくしかないですね。反対に目に見えないことろで怠けているとそれも出てくるんでしょうね。
と訊かれたが、生憎不在なのでその由を職人が答えると、
(頼みたい研物を持って来たのだが、比類ない名刀だから主がいなくてはちと不安心だ。いったいお前の家では、研や装剣の仕事にかけて、どれほどの腕があるのか確かめてからのことにしたい。-なにかここの主の研いだ物があるなら見せろ)
ということなので、畏まって、然るべき刀を幾口か出して見せると、それぞれ無造作に一見して後、
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(中略)
(ひとつ、京都で研がせよう。大阪はどこの刀屋を覗いても、雑兵のもつ数ものばかり荒砥にかけておる、イヤ邪魔をした)
と、涼しい顔をして、さっさと立ち去ってしまったというのである。
・出典
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2015年2月8日日曜日
私の知ってる私とあなたの知ってる私 宮本武蔵 (二)/吉川英治
青い海が、ふと誘惑でさえあった。朱美は、海を見つめていると、自分が怖くなった。何のためらいもなく、真っ直ぐにそこへ向かって駆けて行かれる気がするのである。
そのくせ自分がこんなつき詰めた考えを抱いているなどということは、およそ彼女の養母のお甲もしらない。清十郎も思わない。誰でも朱美と一つに暮らした者は皆、この娘は至って快活で、お転婆で、そしてまだ、男性の恋愛が受け取れないほど開花の晩い質だと思いこんでいるらしいのである。
朱美はそんな男たちやまた養母を、心のうちであかの他人と思っていた。どんな冗談でもいえるのである。そしていつも鈴のついた袂を振って、駄々っ子みたいに振舞っているのだったが、独りになると、春の草いきれのように熱いため息をついていた。
・出典
宮本武蔵 (二)/吉川英治、わすれ貝、p327,328
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自分は本当はこんな人間なのに、相手は私のことを全然わかってくれない。そんなことを考える日もありましたが、私から見えている私はそれで本当だし、相手から見えている私も相手にとっては本当なのです。じゃあ、どうすればいいかというと、これといって解決策は思い浮かんでいません。
そのくせ自分がこんなつき詰めた考えを抱いているなどということは、およそ彼女の養母のお甲もしらない。清十郎も思わない。誰でも朱美と一つに暮らした者は皆、この娘は至って快活で、お転婆で、そしてまだ、男性の恋愛が受け取れないほど開花の晩い質だと思いこんでいるらしいのである。
朱美はそんな男たちやまた養母を、心のうちであかの他人と思っていた。どんな冗談でもいえるのである。そしていつも鈴のついた袂を振って、駄々っ子みたいに振舞っているのだったが、独りになると、春の草いきれのように熱いため息をついていた。
・出典
宮本武蔵 (二)/吉川英治、わすれ貝、p327,328
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自分は本当はこんな人間なのに、相手は私のことを全然わかってくれない。そんなことを考える日もありましたが、私から見えている私はそれで本当だし、相手から見えている私も相手にとっては本当なのです。じゃあ、どうすればいいかというと、これといって解決策は思い浮かんでいません。
忘れたい、忘れたくない 宮本武蔵 (二)/吉川英治
-忘れたい。
苦しくなると、そう思うほどだったが、また、
「忘れたくない」
朱美は、胸を抱いて、矛盾の境に立った。
もしほんとうにわすれ貝という物があるならば、それはあの清十郎の袂へこそ、そっと入れてやりたい。そしてこの自分という者を彼から忘れてもらいたいと、ため息ついて思う。
「執こい人・・・・・・」
思うだけでも、朱美は心がふさいだ。自分の青春をのろうために、あの清十郎は生活しているような気持ちにさえ襲われる。
清十郎のねばり濃い求愛に、心が暗くなるときは、必ずその心のすみで、彼女は武蔵のことを考えた。-武蔵が心にあることは、救いであったが、また苦しくもなってきた。なぜならば、遮二無二に今の境遇を切り解いて現在の身から夢の中へ、駆け出してしまいたくなるからだ。
「・・・・・・だけど?」
彼女は、しかし幾たびもためらった。自分はそこまでつき詰めているが、武蔵野気もちはわからなかった。
「・・・・・・アアいっそのこと忘れてしまいたい」
・出典
宮本武蔵 (二)/吉川英治、わすれ貝、p326,p327
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3月のライオンの題材の設定理由 3月のライオン 1/羽海野チカ
気になってしまったということは、今の自分が向き合うべき課題なのでしょう。
苦しくなると、そう思うほどだったが、また、
「忘れたくない」
朱美は、胸を抱いて、矛盾の境に立った。
もしほんとうにわすれ貝という物があるならば、それはあの清十郎の袂へこそ、そっと入れてやりたい。そしてこの自分という者を彼から忘れてもらいたいと、ため息ついて思う。
「執こい人・・・・・・」
思うだけでも、朱美は心がふさいだ。自分の青春をのろうために、あの清十郎は生活しているような気持ちにさえ襲われる。
清十郎のねばり濃い求愛に、心が暗くなるときは、必ずその心のすみで、彼女は武蔵のことを考えた。-武蔵が心にあることは、救いであったが、また苦しくもなってきた。なぜならば、遮二無二に今の境遇を切り解いて現在の身から夢の中へ、駆け出してしまいたくなるからだ。
「・・・・・・だけど?」
彼女は、しかし幾たびもためらった。自分はそこまでつき詰めているが、武蔵野気もちはわからなかった。
「・・・・・・アアいっそのこと忘れてしまいたい」
・出典
宮本武蔵 (二)/吉川英治、わすれ貝、p326,p327
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気になってしまったということは、今の自分が向き合うべき課題なのでしょう。
探しもの 宮本武蔵 (二)/吉川英治
「皆さんは、始終喧嘩ばかり探しているんですね」
と、たしなめ顏にいう。
「何も喧嘩を好むわけじゃないが、そんな青二才を、黙って捨てておいては天下の兵法所たる京流吉岡の名折れになるじゃないか」
「なったっていいじゃありませんか」
「ばかいえ」
「男って、ずいぶんつまらないことばかり探して、日を暮らしているんですね」
・出典
宮本武蔵 (二)/吉川英治、わすれ貝、324,235
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夢の中へ/井上陽水
探し物はなんですか?
見つけにくいものですか?
カバンの中も机の中も
探したけれど見つからないのに
まだまだ探す気ですか?
それより僕と踊りませんか?
夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか?
と、たしなめ顏にいう。
「何も喧嘩を好むわけじゃないが、そんな青二才を、黙って捨てておいては天下の兵法所たる京流吉岡の名折れになるじゃないか」
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「男って、ずいぶんつまらないことばかり探して、日を暮らしているんですね」
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探したけれど見つからないのに
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夢の中へ 夢の中へ
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2015年2月2日月曜日
2015年1月24日土曜日
又八の自戒 宮本武蔵 (二)/吉川英治
旅籠は、不経済と考えて、純系堀に近い馬具師の家に離れを借り、食事は外でし、見たいものを見、家へは帰ったり帰らなかったり、好みどおりな生活をしている間に、知己を得、手づるを見つけ、扶持の口にありつこうと心がけていた。
この程度に、生活を持していることは、彼にとっては、かなり自戒を保って、生まれ変ったほど、身を修めているつもりなのである。
(中略)
(世の中というやつは、まるで石垣だ、きっちりと、使われる石は組んであって、後から入る隙はねえものだ)
(中略)
(なあに、蔓のみつからねえうちが、そう見えるんだ、うまく、割り込むまでが、難しいが、何かへ取ッついてしまえば)
と思い直して、間借りしている馬具師のおやじへも、就職をたのんでおいた。
(中略)
ありそうな口吻で、そこの馬具師も安うけあいしたが、就職はなかなかかかってこない。-そのうちに冬も十二月、ふところの金も半分になっていた。
・出典
宮本武蔵 (二)/吉川英治、幻術、p248,249
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自分から節約と見えても、他人からはかなりの贅沢だったりするのだろう。何を自分の中で価値基準に置くかは大切だな。
この程度に、生活を持していることは、彼にとっては、かなり自戒を保って、生まれ変ったほど、身を修めているつもりなのである。
(中略)
(世の中というやつは、まるで石垣だ、きっちりと、使われる石は組んであって、後から入る隙はねえものだ)
(中略)
(なあに、蔓のみつからねえうちが、そう見えるんだ、うまく、割り込むまでが、難しいが、何かへ取ッついてしまえば)
と思い直して、間借りしている馬具師のおやじへも、就職をたのんでおいた。
(中略)
ありそうな口吻で、そこの馬具師も安うけあいしたが、就職はなかなかかかってこない。-そのうちに冬も十二月、ふところの金も半分になっていた。
・出典
宮本武蔵 (二)/吉川英治、幻術、p248,249
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自分から節約と見えても、他人からはかなりの贅沢だったりするのだろう。何を自分の中で価値基準に置くかは大切だな。
どっちへ 宮本武蔵 (二)/吉川英治
さてこれからどっちへゆくか? どっちへ行こうと体一つである。何かいい運だの悪い運だのがいろいろな方向で自分を待っているらしく思う。今の足の向き方ひとつで生涯に大きな違いが生じるのだ。必然、こうなるものだと決定された人生があろうとは考えられない。偶然にまかせて歩くよりほか仕方がない。
・出典
宮本武蔵 (二)/吉川英治、佐々木小次郎、p225
・関連場所、商品
安全が保障された未来なんて一つもない。自分の体をよいと思った方向に運ぶより他ないみたい。と、思った。
・出典
宮本武蔵 (二)/吉川英治、佐々木小次郎、p225
・関連場所、商品
安全が保障された未来なんて一つもない。自分の体をよいと思った方向に運ぶより他ないみたい。と、思った。
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